長井自然老師の初・大阪神戸坐禅会終了

管理人でございます。

2018年8月25日26日に、長井自然老師をはじめて関西の地にお迎えして、
坐禅会を開催しました。


※次回は、令和元年(2019年)6月29日、30日です。
長井自然老師関西坐禅会の最新情報はこちら


仏子庵の長井自然老師は、自由自在に法を説かれ、
素晴らしい坐禅会となりました。



大阪参加者21名、神戸参加者21名 合計のべ42名(8名が両日参加) 男性の方が割合は多かったです
独参者 両日で30数名

老師は、18時半大阪終了後、そのまま神戸へ移動され、神戸にて参禅者数名と食事、そのあと神戸会場近くのホテルにてご宿泊 
翌朝は、ホテルから外に出て、散歩をされていたようです。

神戸坐禅会終了後は、新神戸駅から帰路につかれました。


自然老師には、渾身のご指導賜り誠にありがとうございました。
正法の宣揚、心から感謝を申し上げます。

神戸坐禅会では、許可の上、録画がされています。
後日また発表の機会があると思います。(9月2日発表されました)
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瞑想中・座禅中に眠くなる原因ー僧侶やベテラン一般人はなぜ坐禅中に眠るのか

瞳を閉じて は平井堅

主催者として、残念なことが一つあります。

僭越ながら申し上げますと、
それは、目を閉じたまま坐っている人が結構いらっしゃるということです。zazenposture
独参を待つのも目を閉じていらっしゃる人がいます。

独参を待つ間も坐禅ですから、目は開きます。


目を閉じていては、坐禅になりません。

目を閉じて坐禅をしている間は、まだ修行していない、修行のスターラインにも立っていないということになってしまいます。
いくら提唱を聞いても、まだ、実践していない人ということになります。

(専門僧堂の修行僧だって、何年道場に居ても、目を閉じたままの方がほとんどなのですが (警策が回って来た時だけ、叩かれるのが嫌なので、目を開きます)。。。和尚になったら、坐禅しないし、仏道が伝わらないわけです)


目を閉じると、思い、思考、考え に行ってしまい、事実ではないものに参じることになります。
五官(眼耳鼻舌身)を開放して、思い考えを相手にしない、
何もしない 
のが坐禅の要訣です。eyesduringzazen

目で言えば、坐禅中は目を開いていますので、
坐禅中は、畳など、目の前の様子がないといけないのです。
(眼の前の様子、決してつまらくないです 単調ではないです 一点に集中するのではありません)


目を閉じると、坐禅中に眠る癖をつけてしまいます。
居眠り坐禅、寝ているのか起きているのか分からない意識の坐禅は、坐禅ではありません。

(専門僧堂の雲水、ほとんど全員眠っています、この惨状。。。
今は、動画やyoutubeで修行風景が見られるようになりましたが、それを見ても、撮影中でも目を開いてられない、撮影中でも眠ってしまう修行僧や和尚がほとんど、いやほぼ全員なのです 曹洞宗も臨済宗もです)

瞑想中・座禅中に眠くなる原因ー僧侶やベテラン一般人はなぜ坐禅中に眠るのか

坐禅中・瞑想中に眠くならない方法

現代の日本に夜中も眠らず坐禅できる人たちがいる
もご覧ください。



ちょっと待ってください。このままブログを閉じずに、↓↓


目を開くのが坐禅

祖師方も、目を開いて坐禅をするようにうるさく言われています。

大事な坐禅の時間に目を閉じているのは、
とてももったいないことです。


また、坐禅をすると、目をどうしても開いていられないという場合、それは坐禅の仕方に問題があることになります。

それまでは目を開いていられたのに、坐禅をしようと思うと、目を開いていられないということだから、坐禅のやり方そのものに問題があるということになりますよね。
何かをしようとしている、何もしなくて良いのに、わざわざ何かの坐禅をしようとしている ということです。



もちろん、疲れがたまっているので、じっとすると眠くなるという場合もございます。
坐禅をする前に、一度、手を休めて、じっとしてみてください。

それで眠くなる場合は、一度軽く眠る=パワーナップを取り入れることをおすすめします。

その場合は、20分以内のパワーナップ(軽く寝ること 椅子に座ったままでも良いですし、横になっても構いません めっちゃスッキリとします ただし30分以上だと、深い眠りに入ってしまい、かえって眠くなりますので要注意です)


他の人と一緒に坐る坐禅会の場合は、適度な緊張感もあるので、坐禅中に眠くならないはずです。

食後の血糖値が上がったときを除いて眠くなるのは、坐禅のやり方に問題があるということです。
坐禅会の休憩中に、甘いものお菓子を食べる、砂糖入りのコーヒーを飲むのも、
血糖値を上げて、坐禅中に眠気をもよおす原因になりますので、
ぜひ、覚えておいてくだされば良いです。


それ以内なのに、坐禅しようとすると、眠くなるとかがあって、悩んでいる場合、
師家に質問をしてみて下さい。
師家も修行時代は、色々試行錯誤もされているので、回答を持っています。

 坐禅のやり方については、東京の松本自證師に参禅すれば速いかも知れません。

管理人は、坐禅中に眠くなることについては、何度も、貫道老師に独参しました。


坐禅中は目を開くこと、道元禅師も強く強調されています。
雑念が起こらないようにしようなんてことをしていると、
身体が抵抗して、眠さを催します。

脳内で莫大なエネルギーが消費されるからです。


目を開いて坐禅すること、
どうぞよろしくお願いいたします。

開催者として、実りの多い坐禅会にしたく思いまして、上下関係のない同じ修行者ですのに、僭越ながら一言申し上げさせていただきました失礼をお許しください。



【重 要】
パワーナップなのですが、この記事を書く前までに、色々睡眠を勉強してみて、また、坐禅で眠くならないようには、どのようにしたら良いかを自分の体で実験して出た答えが、軽く眠るのは20分以内という結論を自分で出していました。

一時間くらいある道場の摂心の昼休みで眠っていたこともあります。さすがに、眠くならないけれど、どうも良くないのですね。
色々睡眠学の本を読んで、自分で実験して、ついに出た答えが、上記の20分以内でした。長年かかりましたが^^;


この記事を書くために、今一度パワーナップをwikipedia で調べてみたら、そこに30分以内と書かれていて、まさに自分自身の身体で実験して出た結論と同じでしたので、ビックリしました。

たとえば、どこかの坐禅会に行く場合も、早い目に着いて、喫茶店なんかで20分位座ったまま寝るんです。
眠くなくても、目をつぶっていても効果があります。
この時、絶対に目を開いてはいけません。スマホのメールやラインの誘惑に負けてはいけません(笑)
今から20分は絶対目を開かないと決断してやります。

そしたら、スッキリとして、坐禅会場で座れますから。

上のような悩みを持っている人は是非試してみて下さい。


修行僧なんかは、朝がとても早いし、新到(しんとう=新参者)の場合は、先輩が夜もろくろく寝かしてくれないので(睡眠時間2時間くらいですかね  自分の体験でも、2時間を切る場合も多々ありました)、坐禅中に眠るのも分かりますが、それが癖になってしまい、坐禅したら眠るようになるのが怖いのです。 

やる気のある修行僧は、夜の9時の就寝時間になっても、コソッと布団から抜け出して、縁側や位牌堂などで坐禅をするのですが(臨済宗の専門僧堂では12時、1時位まで強制されます)、それもやり過ぎると次の日の坐禅が眠くなって、寝てしまい、坐禅したら眠るという悪習慣が身についてしまいます。

パワーナップを取るという個人的時間もないのが修行僧です。

何度も指摘して申し訳ないのですが、一番修行できる時期に居眠り坐禅をしているですから、和尚になってお寺を持っても、坐禅はできないのです。
在家の真剣な人のほうが坐禅ができているのではないでしょうか。
臨済宗でも曹洞宗でも同じような状況です。
坐禅は、起きていてなんぼですが、起きてもいないのですから。



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坐禅中に眠くなる原因と対策


反論として、仏教では目を閉じて坐禅をする派があるではないかというご意見を持たれている方があるかもしれませんが、これについても少し勉強しました。
簡単に言いますと、目を閉じて瞑想をしている方々からは悟りを開いた人が出ていないということです。

近年では、タイのブッダダーサ (プッタタート) という方が悟られていますが、面白いことにこの方の語録はまるで禅と一緒です。禅の語録の提唱もされています。

ブッダダーサ比丘が目を閉じている画像はありません。瞑想をしておられるような写真でも、目は開かれています。
また、プッタタート比丘は、いわゆるヴィパッサナーの指導をすることはなかったと知られています。

南方仏教・テーラワーダ仏教の方々は、目を閉じて瞑想しますが、釈尊の教えを正しく伝えているというご意見もあるかもしれませんが、実際に悟る人がまったく出ないのは修行方法に問題があるのではないでしょうか。

あくまでもこのブログ管理人の個人的意見でございます。

知識豊富な人だからと言って、悟っている人ではありません。

そもそもスリランカ仏教は一時期まったく途絶えています。
お釈迦様の法灯は継がれていないのです。

そして、タイから逆輸入しています。


でも、本来、人は悟りに生きているのですし、現在にも悟った人がいることを知っていれば、自分にもできると確信さえできれば、上記のプッタタート比丘のような方も稀に出現するのです。

もちろん、西洋でも日本でも、坐禅もしないのに、一時的に「事実」に気づく体験をする人も出現しています。それらが決着のつく悟りかどうかは別としてもです。


ヨガの瞑想でも実は目を開いて瞑想するのが本当

なお、ヨガの瞑想では目を閉じるのではないかという指摘がありますが、簡単に申しますと、19世紀までのヨガの聖者、スワミヴィヴェーカーナンダやラマナ・マハリシは目を開いていたということは有名な事実です。

ヴィヴェーカーナンダの本、たとえば、Raja Yoga by Swami Vivekananda を見れば、目を開いて瞑想している写真が掲載されています。


インドに入ったイギリス人(インドは以前はイギリスの植民地)たちが、キリスト教では目を閉じて黙想をするので、勘違いして、目を閉じる瞑想、目を閉じるヨガを広めてしまい、今はヨガが職業的資格制度になっていて、目を閉じるほうがインストラクターにも色々都合が良いので、それがスタンダードになってしまったというのが結論です。

そうですよね。
あなたがヨガのインストラクターになったと想像して下さい。

インストラクターは生徒さんと向かい合わせになって瞑想します。
でも、生徒さんが全員目を開いているのと目を閉じているのとでは、どちらがインストラクターは楽でしょうか?

西洋人が勝手に、目を閉じてやる瞑想を開始したのです。
(西洋人別に嫌いではないですよ 友達何人かいますし)


今のヨガでは、アシュタンガヨガ(8ステップのヨガ)のうち、最後の3段階である ダーラナ―dharana、ディアーナdhyana、サマーディsamadhi が自分もできて教えているヨガインストラクターは皆無になりました。


でも、ですね。人生時間がないので、似て非なる教えには十分注意していただきたいと思います。
最近、「自分は悟った」からと言って、「悟り」を教える人も多くなってきましたので。

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 長井自然老師関西禅会実行委員会
 http://zenmasterjinen.blog.jp
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「瞳を閉じて
坐禅をするよ♪
それだけは
ダーメよ~♫」―平井堅


これは、大切な人を亡くした時の歌です。
替え歌にして、ごめんなさい [ 管理人 ]