原田雪溪老師がご遷化されました

元發心寺僧堂師家・大本山總持寺西堂などを務められていた原田雪溪老師(1926-2020)は晩年発心寺(福井県小浜市)にて療養中でしたが、6月22日に遷化(せんげ)されました 世壽95


 雪溪老師のことばー生涯をかけてめぐり会うべきたった一人の人 を読む

原田雪溪老師略歴ー巨匠・井上義衍老師のもとで修行後、発心寺僧堂師家

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昭和元年(1926年)12月31日生 
愛知県岡崎市出身 蜂須賀(はちすか)家に生れる
明治大学卒業後、海軍主計官、刑務官などを経て、
福井県小浜市の発心寺僧堂の原田雪水老師の弟子としてそのまま発心寺僧堂で修行するも、ある時、井上義衍老師のことを知り、昭和26年当時、曹洞宗ではもっとも俊英の集まった發心寺僧堂を許可なく出奔して浜松の龍泉寺に至り、義衍(ぎえん)老師に師事して修行

この頃全国各地より俊英の修行僧が田舎の山寺・龍泉寺の井上義衍老師に次から次へと参禅し来たり、一大叢林の観を呈す
 
寺は食べ物にも困窮する状態であったが、雪渓老師は、専一に己事究明をして短期間で見性をして井上義衍老師に見性の証明を与えられる(昭和32年)


その後、いくつかの寺院を経て自坊である発心寺に帰山

原田雪水老師のあとを襲って蜂須賀雪溪から原田氏に改名し、昭和49年発心寺住職となり、昭和51年発心寺僧堂師家となる
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日本人のみならず欧米から来た多くの人が出家して弟子となった
一時は曹洞宗で最も弟子の多い和尚と言われた

掛搭(かた)して修行する尼僧もまた多し

発心寺僧堂、神戸、東京、埼玉、千葉、静岡、ドイツ、フランス、米国、インドなどで法筵を延ぶ

密葬(寺族葬)は終了 

 悟り(見性):もう元には戻らない―井上貫道老師


井上哲玄老師・貫道老師とは姻戚関係になる
 井上義衍老師についてはこちら

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主著:
『The・禅 ダルマは世界を駆ける』
The Essence of Zen (上の和本の原著)
大法輪『ヨーロッパの道友に語る証道歌』など多数


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